2022年3月10日

常任幹事会の報告(令和4年3月10日)

 


一九猷会会長からのメールの内容を掲載

令和4年3月10日、月例の常任幹事会が開催され、最後に発言を求めて「先日から常任幹事さん方に書状を送り「玄海」の問題を考えていただきたいとお願いをした。
私たちはこの件で学校や同窓会と喧嘩するつもりではなく、何度質問しても具体的な回答(「玄海」から「玄界い変更しなければない必然性、変更した理由」)が得られない、常任幹事会で提案することも、提案書、資料を配布することも拒否されたので皆さんに直接郵送した。
私達はこの件で広く同窓の皆さんの意見が聞きたいし議論をしたいのです。
是非私共のところへ意見をメールでも電話でもいただきたい。
そして皆さんとディスカッションできるを場を作りたいと考えている」と話しました。ら、会長が一昨日話した通りのことで「学校がこれで行くと決めたのだから、これ以上同窓会は関与しない。二分され答えの出ない事がわかっている議論は絶対しません! またこのような意見が別れる問題が起こっていることが外部に漏れたら何と言われるか!学校側(館長)もそれを心配している。
同窓会は母校の学生がよりよい環境で学べるよう応援するのが目的である」など皆の前ではっきりと申しました。

今日は昨日メールしたように会長と面談したすぐ後なので静かにしとこうかとも考えましたが「何も言わんかったら白旗上げたと思われたらいかんけん継続の意思表示したほうが良かろう」との意見で話しました。

41年卒のWさんが「当時の修猷歌集を編纂した人たちの話を皆で話を聞くことをしたらどうか?自分が在籍時(生徒会長でした)に編集されたこともあり祥文社印刷のK先輩の話を持ち出されましたが、会長以下幹事長事務局長らがK先輩には聞いてないけど他の当時の担当の教師に学校が聞いたと。
そしてもう学校がこれで行くと決めたのだから!と再度強く言われました。

近々会合を開く予定ですが やはり42年卒以外の幅広い学年の賛同する仲間を広げる必要がありますね。

同窓会長との面談(令和4年3月8日)

 


一九猷会会長からのメールの内容を掲載

令和4年3月8日、O君と共に同窓会長と面談してきました。
予想通りというか「学校側が修猷歌集を編纂する際に当時の先生方が十分協議して決めた結果で この数十年「玄界」で通してきたのでそれが正解である。学校も変更する気はないと言っている」と。
会長自身は原本は間違いなく「玄海」であったろうと考えるが時代の流れで「玄界」の使われ方も「玄界高校」とか幅広い意味合いで使われるようになったのでそれで玄界灘を想起させるからいいのではないか、また「玄界」の意味が幽界を表すなんて言うと玄界高校に失礼だとか・・・。

また大正12年に制定された歌詞が5か所の変更があり(海→界も含めて)1か所のみ戻すのはおかしいだろう・・?!とのこと。大正12年に制定後変更があったことは我々も承知していることですが(‥青春の血は玄海の荒き穂波と湧き立ちて、質朴の風を甘なひつ・・我らの使命を→我らが・・など)
それは時代の流れにそって至極当然と言えば当然でそれも「玄海」が「玄界」に変えられる相当以前のことです。
そして荒き怒涛と湧き立ちてに続く言葉としてあえて「海」から「界」に変える必然性があったのか、昭和53年に修猷歌集編纂の折に検討された方々から「海」を「界」に変えたという証拠、文章文言が何かあるか?との問いには以前からの学校側との回答と同じく「全くそのようなものはないけど当時の先生方がしっかり検討された結果であると聞いている」との以前の返答文と変わらぬ答えで全くかみ合いませんでした。
だから私たちの主張のように「いつの間にか変えられたわけではない、決して誤植ではない」と。

そして とにかく私たちはこの件に関して学校や同窓会と対峙して戦うような気持ではなく同窓生の一員としてもう一度同窓生に問題提議して、議論し考えていただきたいという思いであると申しましたら 今更それをやったら必ず意見が二分されて大事になる、常任幹事会や学年幹事会の議題に上げて議論を起こすつもりはないとはっきり言われました。
またこの件で館長とも話したが、館長は「自分の話した意図が都合よく一部だけ切り取って記されていると非常に怒ってましたよ!」と。
館長と面談には一人では誤解が生まれてはいけないとS君に同伴してもらってましたから、穏やかな雰囲気で1時間ほど話し合い、私は間違った報告はしていないつもりですが。

そして42年卒の私たちに3度の返答書を送ったことで説明は十分果たしたつもりである、他の学年の常任幹事、学年幹事さんらに説明することはないと、あくまでもターゲットは42年卒だけのような感じでした。

同窓会は修猷館の現役学生が気持ちよく学べるようにバックアップするのが一番の役目だからこのような問題で同窓会がとやかく言うものではないとの話もされました。
もちろん当然の話です。
しかし修猷山脈に連なる修猷館の伝統文化を繋いでいく同窓会の役目もあるわけで、今後しぶとく幅広い学年の皆さんに訴え賛同を得る努力をすることで「42年卒の一部のうるさ型連中のたわごと」のような言われ方をされぬよう対策を検討する必要があると感じました。

同窓会本部としても、我々も同窓生の一員なのですから、その一同窓生の提議にまずは素直に耳を傾け、幅広い同窓生の意見を聞き、まじめに議論した上でその結果を学校側に伝えていただきたい。
その上で最終結論を学校が出されるならそれに従わざるを得ないと考えております。
ところが今回のように最初から提議、提案書配布拒否といった常任幹事長の独断、我々に対する喧嘩腰の姿勢では「質実剛健、自由闊達」の修猷館はどこに行ったのだろうという感じでいっぱいです。

明日3月度の常任幹事会が開催されますが(先月はコロナで中止でした)、今回はとりあえず流れ、雰囲気を見ることに留めたいと思ってます。

又 近々考える会の発起人会議を開く予定ですのでその際はよろしくお願いします。