2023年10月22日

同窓生と現役生にとって館歌とは?

 



岡本 泉君から下記内容のメールが来ました

「玄海・玄界」問題は同窓生の世代間で館歌の理解や意義に差異があることを感じさせられた興味深い話題だと感じています。
世代が異なる館友が集う同窓会の役割に関して理解を深める良い契機になるものだろうと思います。
人生のごく短い数年を過ごしただけの学校体験が、各自のその後の生きざまに大きく関わってくるのは驚きでもありますが、社会の人的繋がりが多様に変貌してきた現代では「同窓会軸」も重要な意味を持っているようです。
3年間で学校教育は終わりますが、卒業後もシームレスに同窓生が交流する場として同窓会は巨大な学びの場なのかも知れません。
今回の歌詞問題に関して、私なりの考えを別紙にメモしましたのでご一読いただければ幸いです。
まだ思いつきメモ段階で恐縮ですが…

岡本君のメモの内容(表題「同窓生と現役生にとって館歌とは?」)

同窓生と現役生にとって館歌はどのような意味があるか?
…異同許容の必要性を考える…

玄界と玄海
修猷館歌の歌詞で「玄海」が「玄界」に変わってしまった事について「玄海」に戻すべき!との声が上がっています。
表意文字である漢字を使用した館歌において海と界は当然意味が異なりますので問題箇所の歌詞は「玄界灘の荒波のように青春の血が湧き立つ」という玄界灘の波の躍動感を援用して若者の心意気を表していますので「げんかい」は海である必要性があります。

「玄界」には漢字として海の概念を含んでいません。
暗い(黒い)世界(=玄界)の灘(荒れる海)というのが玄界灘という表記になっていますので本来的には玄界は海や灘を表す言葉ではありません。
したがって歌詞のこの部分に「玄界」をあてるのは表意文字の用法としては不適当と考えられます。

オリジナルへの拘り
しかしながら言葉は時代と共に意味も表現も変化していくのも事実ですので「オリジナルに戻すべき!」と卒業生の団体である同窓会が訂正・修正を求めるというのも少々狭量な気がしています。
私は長年、音楽を生活の一部としてまいりましたので旧制三高の寮歌「紅燃ゆる」や社会的愛唱歌になった「琵琶湖周航の歌」が長い歴史と共に変遷変容した様子を見聞きした事があります。クラシック音楽の世界でも作曲された時代に遡ってオリジナルの姿を再現しようとする動きと現代における意味表現を求めて演奏する動きが常に存在しています。

校歌や寮歌の変容と許容
旧制高校や中学の校歌や寮歌なども時代と共に歌詞や旋律など変遷を重ねているのが常なので修猷の場合も館歌や応援歌などが時代毎に変化していく事に大きな問題は無いと感じています。
同窓生が自分たちの思い出の中で歌う館歌と現在の高等学校で現役生が歌う館歌が異なり、教育機関としての修猷館が公式に認める歌詞や旋律がOBのそれと異なっていても問題は無く、むしろ変遷や差異を後世に伝えていく事が同窓会の大切な役割だとも考えています。

漢字の意味取り違えや誤用と藩校からの歴史
ただ朱子学などの学舎として誕生し、漢字の意味を大切にしてきた藩校以来の歴史を誇る修猷館の校歌が海の意味を有しない「玄界」を正しい表記と認定している事は恥ずかしいことだとは思います。
藩校時代の秀才であった金子堅太郎や能書家として知られた黒田長成の存命中に館歌のこの箇所に「玄界」という文字表現を認めていたとは考えにくいですし、五校教授の八波則吉と歌人の武島羽衣(滝廉太郎作曲の「花」や日本初のワルツ「美しき天然」の作詞が知られる)の二人校閲も経ているので原作の歌詞を探す必要も無さそうです。

時代毎の文字表現文化に関わる判断は修猷館高校が成すべき
この「玄界」をあえて使用するか否かは同窓会では無く現在の「修猷館」が判断すべき問題と思います。
したがってこの問題は同窓会があれこれと論争すべきでは無いでしょう。
ましてや「同窓会の総意を持って修猷館に修正を求める」というような行為を誘発する事は避けるべきだと考えています。「此処の表現変ですよ!」と修猷館に同窓会有志から指摘する程度で良いのでは無いでしょうか?「玄海」から「玄界」に変更した経緯や意図を詮索追究するような印象を与えれば却って頑なな反応を呼び起こすだけのように感じています。

表意文字が軽視され表音文字表現に偏る現代
今回の「玄海・玄界」問題はどちらでも「げんかい」と発音して歌えるのですから漢字文化が衰退し表音文字主体になりつつある現代において正誤論争はどちらでも良い議論になるだろうと私は思っています。

変遷の歴史を許容し共有する
館歌に関して申し添えれば怒濤を「どとう」と読むか「なみほ」と読むかも時の移ろいのなかで変化したと思います。「なみほ」で歌い青春を過ごした昔の館友もいたことでしょうし、漢字表記として「波穂」をあてた時代もあるようです。
年代の異なる館友が集う同窓会においてはこのような館歌の変遷も理解しておく事が大切なのではないでしょうか。様々な年代世代のOBOGが館歌の変遷史もを共有しながら共に歌う状況を整備することが大切でしょうし、その意味で館歌の歴史を探る事は有意義だろうと考えています。

2021 年 12 月 17 日
岡本 泉

P.S.私は名古屋暮らしが長く中京修猷会には発足時から参加していました。
4年前に福岡に戻りましたが今でも同会とは繋がりがあります。
2020年の菁莪に中京修猷会の座談会から黒田藩と修猷館に関する話題を載せていただきましたが修猷の歴史を詳細に調べたことはありません


館歌と著作権

 



青沼隆郎君(2組)からの投稿です

 法律半可通の青沼論法は世間には通用しないと「ご安心」下さい
岡本君がブラスバンド部でご一緒だったなんて失礼しました。下手なトランペットが通用せず、2年の中ほどで退部した「半端者」でした。
 ところで、館歌の件で著作権法の「なまかじり」知識で主張を展開しましたが、館歌についてはそもそも著作権の問題は埒外にあると思っています。
 これは実は所有権と日本の古来の風習上の利益権と同じ問題があると感じています。日本に西洋合理主義の理念で構築された法律体系が輸入され、日本古来の風習としての社会的利益関係が否定され消滅していきました。
 もう皆さんは忘れてしまっている「入会権」もその一つです。
 西洋合理主義とはつまるところ資本主義経済理論であって、なにもかも「財物」中心で権利関係を構築します。物理的な存在物については「所有権」概念が構築され、物理的な存在でない「芸術作品」には「著作権」概念が構築されました。
 これらは「私的所有」と「取引経済安定」の合理化理論であって、これにより、市民は安心して芸術作品についても「私有財産の保有ができ、安心して取引ができる」社会を構築しました。
 では、最初から「私有財産・商品として流通させない意図で創造した芸術品は社会ではどのように扱われるべきか」という視点から館歌を見れば、著作権者ら先達の真意は修猷館の生徒や卒業生に「使ってもらうだけで満足」というものであったと「勝手に」推測します。
 そこに存在するのは、使用する生徒や卒業生の「先達への」尊敬と感謝の気持ちしかないと思います。そういう意味で、財団法人修猷協会が館歌の「版権所有者」となったこと(そういう意味の表示をして「修猷歌集」を出版したこと)が強い違和感となりました。
 特に、館歌と学校の関係は、生徒が館歌に出会う場所が学校に過ぎないのであってそれは、学友が学友に出会うのが学校であるに過ぎないのと同じ関係です。この単なる出会いの場所・学校に特別の意味付けをする思考傾向が、我々日本国民の無意識の権威主義的思考傾向だとして私は指摘しました。
 著作権の議論は、館歌を「流通に置く」つもりがなければ、無関係の概念です。
 卒業生はただ、先達の高徳の意志に感謝して館歌を卒業生の「心の架け橋」として共有する幸せを享受するのみです。先達のご高配・篤志に感謝すれば、歌詞の「不自然な」変異などはあってはならず、またその変異が「万人の納得する形」で説明される必要があります。
 現在までの同窓会執行部の姿勢は「丁寧な誠意ある説明に欠けている」と感じています。
  2組 青沼隆郎

赤塚隆二君の文庫本について



皆様には、お元気で新しい年をお迎えのことと存じます。
以前に発刊された「清張鉄道1万3500キロ」をリメイクされた文庫本とのことです。
松本清張氏の作品を、鉄道からの視点で、綿密なデータと共に語っていらっしゃいます。
清張愛と鉄道愛が、いっぱいです。
赤塚さんは、全国のJRは、完全走破され、私鉄も85%走破されていらっしゃるとのことです。エネルギーが、すばらしいです。
一九猷会の皆様には、鉄道ファン、清張ファンの方も多いのでは?
私も、清張さん、鉄道、共に、微々たるファンなのですが、全くふもとに立っただけだと痛感しました。
赤塚さんのご了解をいただきましたので、ご紹介させていただきます。

                 砂田幸子(旧6組)

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